分断の象徴となってしまったフィギュアスケート——世界選手権とロシア国内大会
世界フィギュアスケート選手権が仏モンペリエで3月21日から27日まで開催され、女子シングルは坂本花織、男子シングルは宇野昌磨が金メダルを獲得した。ともに世界選手権制覇は初めて。ペアでも三浦璃来&木原龍一(りくりゅう)が日本ペア史上初となる銀メダルを獲得した。
世界選手権から除外されたロシアは独自の国内大会を開催。フィギュアスケートが世界の分断を印象付けることになった。
世界選手権で新たな躍動を見せた日本勢
坂本は北京五輪で銅メダルを獲得した演技の完成度をさらに高め、2位に20点近い差をつける圧勝。宇野も北京五輪で失敗した4回転ジャンプを立て直した。男女シングルのアベック優勝は2014年大会の羽生結弦・浅田真央以来、8年ぶりだ。
男子シングル2位の鍵山優真は終盤の3回転半ジャンプが1回転半になるミスが出たものの、五輪から1カ月半の間に観衆を引き込む演技力が一段と上がったように見えた。若い選手の成長スピードは凄い。
北京五輪金メダリストのネイサン・チェンや4位の羽生結弦は不在だったが、新型コロナウイルス感染により北京五輪の個人戦を欠場したヴィンセント・ジョウが銅メダルを獲得し、日本の友野一希が6位に入るなど新しい選手の躍動も垣間見えた大会だった。
世界選手権から排除されたロシアの国内大会
同じころ大陸を隔てたロシアでは、フィギュアの「チャンネル・ワン杯」が開催された。ロシアのウクライナ侵攻によりISU(国際スケート連盟)から大会参加を拒否されたロシア選手による、事実上の「世界選手権対抗のロシア大会」だった。
女子シングルでは北京五輪金メダリストのアンナ・シェルバコワが優勝。北京五輪でドーピング問題の渦中となったカミラ・ワリエワも傷ついた精神の立ち直りを見せ、2位に入った。演技後は五輪のフリープログラム後の叱責で注目を浴びたエテリ・ドゥトベリーゼ氏とも笑顔で抱擁を交わしたようだ。(ドゥトベリーゼ氏は近々ロシアと決別との報道もある。詳細は不明だ)
世界選手権のロシア勢排除については、元世界王者のエフゲニー・プルシェンコ氏がロシア選手を擁護する声明をInstagramに投稿し、かつて浅田真央らを指導したタチアナ・タラソワ氏がロシア勢不在のなかでの坂本花織の演技構成を揶揄するコメントも報道された。ロシアフィギュア界ではISUへの怨嗟の声が渦巻く。
個人的な話をすれば、私はプルシェンコ氏の大ファンで、何度もアイスショーを観戦した。今回、彼はISUの決定に反発し、プーチン露大統領を擁護するような政治的コメントを発信しすぎた。今後ウクライナでの戦闘が終わっても、彼が来日する機会がなくなってしまうのではないかと強く危惧している。
統合の象徴のスポーツは、分断の象徴ともなりうる
戦争や政治対立が原因で、世界大会に不参加となった地域による国内大会開催は、過去にも例がある。
一例としては、1940年の東京五輪が戦争で開催返上となった際に、代替で開催した「東亜競技大会」。日本や旧大日本帝国支配下の満州、台湾、フィリピンなどが参加した。
48年ロンドン五輪で敗戦国の日本の出場が認められなかった際は、日本水連が五輪と同じ日程で「日本選手権」を開催した。非公認ながら、1500m自由形で古橋廣之進が当時の世界記録を大幅に上回る18分37秒0を記録したことで有名だ。
冷戦時代の旧共産主義国も、資本主義国での開催が多い五輪に対抗して「世界青年学生祭典」を開いた。88年のソウル五輪にぶつける形で、北朝鮮が89年に開催したことでも知られる。
スポーツは世界の統合と経済・文化の発展のシンボルで、五輪の参加国数は84年ロサンゼルス大会から2021年東京五輪まで増え続けてきた。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻で分断の時代に逆戻りしてしまった。分断の象徴がフィギュアスケートとなってしまったのは大変残念だ。
もっとも、選手権というより「チーム対抗戦」の形式で行われたチャンネル・ワン杯は、選手にとっては和気あいあいとした雰囲気で進んだようだ。Instagramでも選手のにこやかな写真が掲載されている。
シェルバコワも周囲の喧騒をよそに、「世界選手権と比べるのは違うと思う。この大会はまったくの別物」「誰とも競った意識はない。選手もお客さんも楽しめたことが何より嬉しいし、意義があると思う」と冷静に語った。この選手はやはり聡明だ。
Instagramの写真そのものが「ロシアによるプロパガンダ」と邪推することは可能だが、この選手たちの表情がスポーツの自由の象徴であると心から願いたい。
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